こんにちは、めめです。
4/17(金)
仕事をなんとか切り上げ、来週必要な手土産を購入し、ABCへ。最初はちゃきちゃき作っていたのに、徐々に頭痛に苦しめられる。朝から鎮痛剤は飲んでたと言え、ここまで作業するには支障がなかったのに。スタジオのこもった空気と低気圧により痛みだけではなく、眩暈や吐き気が襲う。早退したかったが発酵途中のパンをどうしたら良いのか分からず、歯を食いしばって耐える。おそらく受講態度は素っ気なく、先生にも他の受講者の方にも失礼だったと思う。でも耐えることに一生懸命で、とにかく外に出たい、横になりたいの一心だった。なるべく人混みを避け、外の空気を吸いながら帰宅する。帰宅後は倒れるように横になった。
4/18(土)
痛みが極限まで来ていると改善するのに時間がかかる。久しぶりに朝はジムへは行かず、やっと時間ぎりぎりに起き、日焼け止めだけ塗ってバイトへ。こういう時に限って、いつも入らない日にいつもより長くバイトに入っている。バイトはこなせるも帰宅後ダウン。4時間くらい眠ったらやっと復活の兆しが見られる。ジムにも行ったし、家事も出来た。NETFLIXで見ていた「ラムネモンキー」。ハマるほどではないけれど、ジムで見る分には問題ないくらいの感想だったけれど、最終話でまさかの事実に「えぇっ」と声を出してしまう。まさかあの人が一番ぶっ飛んだキャラクターだったとは・・・。
4/19(日)
今日もバイト。今日はいつも通りの終了時間。まだ頭痛が完全に解消したとは言えないのでこれが限界。昼食は珍しく焼肉。平日は肉も魚も食べずにお菓子ばっかり食べているので、休日で補う。夜はお菓子作り。既に計量された製品を使って作る。計量されていると言えど、細かく計量されているわけではなく(プリンでいうならプリンとカラメルに使う砂糖の全量が計量されている状態)、失敗して一から作ることになる。説明書をよく読まないのが仇となる。ギリギリ材料が自宅にあってよかった。就寝前に椰月美智子の「ご利益ごはん」を読む。美味しい食べ物よりも神社仏閣巡りにとても惹かれる。
4/20(月)
ジムに行ったのち、出張へ。今回は仙台。仙台は大好きな街の一つなのでワクワクする。業務をこなし、さあ帰宅しようとしたときに地震にあう。電車は全て止まっていて再開のめどはすぐに立たなさそうということで、急遽宿泊に。凄い悪運だなと思うも、まだ新幹線に乗っていなくて良かったと思い直す。すぐにホテルを決め、ご厚意で夕食をごちそうになる。とても気遣っていただきとても楽しい夜を過ごすことが出来た。ホテルでは持ってきていた「ご利益ごはん」の続きを読む。明日も帰宅出来なければ神社仏閣巡りもいいなとのんきに思う。でもすっぴん確定なので神様に失礼なのか?!と思いとどまる。
4/21(火)
昨夜から新幹線が動いていたようで、問題なく帰宅できる。ずんだシェイクが飲めていないのが心残りだったので、自販機で購入して新幹線へ。自販機で売られているものも十分においしいく満足。帰宅後は本当に疲れていた。仕事をしながら、夜に予定されている副業の勉強会をサボろうかどうしようかずっと悩んでいた。定時になった瞬間、横になりたい。でも嘘の理由を並べて休みますと連絡するのも面倒くさい。勉強会なので行った方が自分のためになる・・・となんとか自分を奮い立たせ向かう。行ったら行ったで楽しく、学びも多かったのだが、やっぱり帰宅したら疲れが異常なことを思い出す。もう全身から「あぁーつかれたー」と叫んでしまう。何がではない、とにかく疲れた。

ちゃっかりソフトクリームも食べました
4/22(水)
いつものルーティンをこなすも疲れはとれていない。午後帰宅してもいいんだよと自分を慰めるが、もちろん帰宅しないことは自分でもわかっている。すべきをこなしていくうちに疲労が落ち着く。副業も問題なくこなすことが出来た。強いて言うなら伸びかけの前髪が邪魔でうっとうしくてイライラしたくらい。残り2日か乗り切れるだろうか。GW中はバイトも副業もあるけれど、GW明けたら本業に向かえなくなってしまわないだろうか。それだけが心配だ。帰宅後は一言も発さず、自分のペースで家事ができるのがいい。夜は一人の時間が大切だ。
4/23(木)
結局、堂場瞬一の「七つの証言 刑事・鳴沢了外伝」を読んでいる。鳴沢了シリーズは鳴沢了視点で話が進んできたが、外伝は周囲の登場人物視点で話が進むのが面白い。これまでの登場人物が鳴沢了を語るのだが、どちらかというと今まで聞くことが出来なかった周囲の人々の感情が知れて嬉しい。午前が終わった時点であと1日半、定時が過ぎたあたりであと1日と残り時間を確認する。確認したところで気持ちが前向きになるというよりも終わっていない仕事と5月の忙しさを呪うしかないのだが、どんな状況であれ、一旦の区切りに向かっているのは嬉しい。年齢を重ねれば重ねるほど「区切り」がなくなる。だから、一旦であっても「ここまで」という目安があるのは嬉しい。